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2015年09月15日

第一章 再会 第四話

「申し訳ありませんでした!」

 それから十分後、気絶から目覚めた晶彦は床に額を思い切り擦りつけていた。全力の土下座である。

「いや、まぁ……とりあえず顔を上げなさい」

 言われたとおり、恐る恐る顔を上げる。Tシャツにジャージのズボンというやたらラフな格好に着替えた亜璃栖は、就任早々気絶した晶彦に怒るというより、むしろ呆れているような感じだった。

「本当に申し訳ありませんでした。今後、二度とこのような事がないように――」

「謝罪はもういいわ」

 亜璃栖の言葉が冷たく響く。晶彦は俯いて唇を噛んだ。

「あ、勘違いしないで。別に怒ってるわけじゃないの。もう十分と思っただけ」

 晶彦の落胆した様子を見て、亜璃栖は慌てて付け加えた。

「まぁ、気絶したこと自体はひとまず置いておきましょう。それよりも」

 亜璃栖がすっと目を細める。

「なぜ、気絶したのか。そっちの理由を聞かせてほしいのだけど」

「……それは、その……」

 晶彦は全く表情を変えなかった。が、内心ではダラダラと滝のように冷や汗をかく。
 当然の質問だ。土下座しながら必死にその答えを考えていたのだが、結局、今に至るまで適当な答えが思いついていない。
 場当たり的な答えでは、後々問題が再燃する恐れもある。だが、同性でありながら目の前での着替えを拒絶する理由などあるだろうか。さっぱり思い浮かばない。

「ねぇ、もしかして、その……」

 そんな風に晶彦が絶望的な気分に浸っていると、亜璃栖の方が再び声をかけてきた。

「あなたって、もしかして『あれ』なの?」

「『あれ』?」

「だからその、ほら、女の子同士で……というか」

 亜璃栖が不自然に語尾を濁す。なぜか視線が宙を泳ぎ、頬が少し赤く染まっていた。
 一方、晶彦の方は『あれ』の中身がさっぱりわからなかった。何せ、一〇歳から一六歳までの思春期を社会から完全に隔離された状態で過ごしたのだ。その辺りの知識には疎い。
 しかし、どうにもその『あれ』とやらはこの問題を解決する一つの理由になり得るらしい、ということだけはぼんやりと理解できた。

「違うの? 違うなら別に――」

「いえ、違いません!」

 晶彦が勢いよく立ち上がる。突然の行動に、亜璃栖は驚いて椅子の上でのけぞるように晶彦を見上げた。

「そう、実は私『あれ』なんです! ですから亜璃栖様に目の前で着替えられるのはとてもまずいのです!」

 『あれ』の部分をここぞとばかりに強調しながら、晶彦は拳を握りしめて力説する。

「そ、そうなんだ……」

 対する亜璃栖は、何故か頬を引きつらせながら身を引いた。

「それなら、まぁ、わからなくはないけど……。でも、普通そういうことって備考欄とかに書いておくものじゃないかしら。それとも、そういうのは差別ってことに?」

 何やら思案顔でぶつぶつと呟く亜璃栖。晶彦は不安げな面持ちでその様子を見つめる。
 やがて、亜璃栖は自分を納得させるように一つ頷くと晶彦に視線を向けた。

「わかったわ。今後、あなたの前でああいった行為は慎むことにします」

「あ、ありがとうございます!」

 安堵と感激の表情を浮かべて晶彦は礼を言う。
 女装以外にもまた一つ、特別な設定が付け加わってしまったことなど知る由もなかった。

「でも、そうすると困ったわね」

「え? まだ問題が?」

「ええ。あなたの寝る場所をどうするか」

「ね、寝る場所?」

 予想外の言葉に、晶彦は目を丸くした。

「あの、寝る場所は私の部屋では?」

「あのね……あなた本当にガーディアン? 私が寝ている間に部屋に入られたらどうするのよ。あなたが来たから部屋の警備もなくしてしまったし」

「え? と、いうことは……」

「当然、この部屋で寝てもらいます」

 また眩暈で倒れそうだった。

「本当は一緒のベッドで寝ようと思っていたんだけど」

「い、一緒の……!? そそそそんなのあり得ません!」

「いいじゃない。一緒に寝るくらい」

「ダメですムリです不可能です!!」

 亜璃栖は不満そうに頬を膨らませたが、ここは一歩も譲れない。
 晶彦は本日二度目の土下座モードに移行した。

「お願いします! それだけは、それだけは許して下さい!」

「ああ、もう。わかったわよ! わかったから土下座はやめなさい!」

 亜璃栖は深く椅子に座り直すと、一つため息をついた。

「こうなったら、ベッドをもう一つ持って来て部屋を二つに区切るしかないわね。私と反対側にあなたのベッドを置いて、真ん中をカーテンで区切りましょう。そうすれば、あなたの視界に私の着替えが入ることもないし。それでどう?」

 それならどうにか平気そうだ。晶彦は「わかりました」とその提案を承諾した。

「じゃあ、それでいきましょう。はぁ……どうして私の方があなたに気を使わなければならないのかしら。なんだか立場が逆のような気がするんだけど」

 亜璃栖が疲れた声で言う。申し訳ないとは思ったが、こればかりは仕方がない。どうにか最初の危機を乗り切った事に、晶彦は目立たないようにほっと息をついた。
 こうして、問題は解決したように思われたのだが……。


 その夜、晶彦は新しく用意された自分のベッドで横になっていた。
 時刻は午前二時。明日の起床予定時刻が六時であることを考えると、もう眠っていなければならない時間だ。
 だが、晶彦は眠っていなかった。より正確には、眠れなかった。なぜなら、

「ん……んぅ、んん……」

 同じ部屋の反対側のベッドから、健やかな寝息と共に何故だが悩ましげな声が聞こえてくるのである。無論、亜璃栖の声だった。
 初めのうちはすぐに途絶えるだろうと思っていたのだが、かれこれ四時間、声は断続的ではあるが途絶えることはなかった。

「うん……あ、ふうっ……」

 全く眠くならない。それどころか、どんどん意識がさえてくる。
 一度耳を塞いでみたが、逆に気になって余計に眠れなかった。
 もちろん、こっそり部屋を抜け出す事はできるが、その間に亜璃栖が襲われでもしたら洒落にならない。寝息に興奮して部屋を出て行ったら攫われました、なんて恥ずかしくて死んでも口にできない言い訳だ。
 とはいえ……この状況をどうするべきか。
 解決策は――やはり、思いつかなかった。

(誰か、助けてくれ……)

 しかし、そんな晶彦の願いもむなしく。
 朝になるまで、亜璃栖の悩ましい寝息が途絶えることはなかった。

(第二章へ続く)
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 しばらくぶりに更新しました。前回までどんな話だったか忘れてしまったという方も多いかもしれませんが、難しい話ではないので、読んでいる内になんとなく思い出して頂けたのではないかと。
 なんだか、剣帝の女難創世記でも似たような展開を書いたような記憶がなきにしもあらずですが、気にしないでください(笑)
 それでは、本日はこの辺りで。

                                         稲葉洋樹


posted by 稲葉洋樹 at 22:51| Comment(0) | 連載小説『Guardians!』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月04日

第一章 再会 第三話

「ありがとう。顔を上げてちょうだい」

 言われたとおり、晶彦は顔を上げた。「立って」と促され、立ち上がる。

「期待しているわ、晶子。ここでは落ち着かないでしょうし、後は部屋で話しましょう」

 そう言って、亜璃栖は踵を返すと、赤い絨毯の敷き詰められた階段を上り始めた。晶彦も二、三歩距離を置いてその後に続く。
階段を上りきって左に折れ曲がると、その先には長い廊下が続いていた。左右の壁にいくつかの扉がある。そのうちの一つの前で、亜璃栖は立ち止った。

「ここが私の部屋よ。覚えておいて」

 はい、と返事をすると、亜璃栖は満足そうに頷いて扉を開いた。彼女が部屋の中に入ったのに続いて、晶彦も中へと入る。
 部屋の中は綺麗に整頓されていた。右奥に天幕付きの広いベッド。入口のすぐ右手には長いサイドボードが設置され、調度品や品のいい小物が並べられている。左側の壁にある本棚には、英語のタイトルの本が目立っていた。清楚で可憐な亜璃栖のイメージにぴったりの部屋だ。

 しかし、晶彦はそこになんとなく小さな寂しさを感じてしまった。昔の彼女はいつも豪快かつ活発で、よく一緒に物を散らかしたり泥だらけになったりしたものだった。
 だが、彼女はもうあの時とは違う。富裕層の、その中でも超一流の家系に属するお嬢様なのだ。いつまでも子供のままでいられるはずもない。

 亜璃栖は部屋の中に入ると、中央にあったミニテーブルの横の丸椅子に腰かける。
 そして、開口一番。

「あー、だるい」

 ここで晶彦がズッコケなかったのは、ガーディアンとしての日頃の訓練の賜物だった。

「初めの挨拶くらいきちんとしておけ、なんて……。どうせこれから毎日一緒にいるのに、猫かぶる意味なんてないじゃない。私こういう服嫌いだし、暑いし、動きにくいし、というかどうしてこういうドレスって無駄に胸元を開くのかしら? 恥ずかしいし、はしたないし、まぁ、男は近づけないから誘惑にはならないけど。でも、それだともっと意味がない気がするのよね。ねぇ、あなたもそう思うでしょ?」

 すごい早さでまくしたてられた挙句に、話を振られた。

「え、あ、えっと……」

 一方、晶彦の頭は未だ現実に追いついていない。亜璃栖はさらに続けた。

「あ、言っておくけど私は今後もこういう話し方だから。まぁ、あなたにタメ口を強要する気はないし、一応、私の方が一つ年上みたいだから敬語でもいいけど、タメ口で話したかったら別に私は気にしないから。それと、あなたのあだ名だけど何がいい? 晶子だからあきちゃん? 四条だからしーちゃん? どっちも安易すぎるかしら」

「い、いえ、普通に晶子でお願いします」

 雨あられの様に降ってくる言葉に、晶彦はなんとかそう答えた。

「そう? まぁ、あなたが希望するなら尊重してあげるけど」

「ありがとうございます、亜璃栖お嬢様」

 晶彦が礼を言うと、亜璃栖は何故か露骨に嫌そうな顔をした。

「あ、あの、何か?」

「お嬢様、はやめて。もう子供じゃないのよ?」

「え? でも、先程の執事の方は……」

「じぃやは子供の頃から一緒だし、今さら直らないだろうから仕方ないけど、あなたは違うでしょ? とにかく、お嬢様はやめて」

「では、亜璃栖様で」

「様もいらないわ。これから家でも学校でも一緒なのに、肩が凝っちゃう」

「そういうわけにもいきません。私は亜璃栖様にお仕えする身ですから」

「私はそんなの気にしないわ」

「私のガーディアンとしてのけじめです」

 亜璃栖はじろりと晶彦を睨んだが、晶彦も目を逸らさず、一歩も譲らない。亜璃栖はやがて小さくため息をついた。

「いいわ。あなたにはあなたの立場があるでしょうし。それで手を打ちましょう」

「ありがとうございます、亜璃栖様」

 一転してにこやかな笑顔で礼を言うと、亜璃栖は何となく不満そうに小さく鼻を鳴らす。その様子に、晶彦は思わず頬を緩めた。
 彼女は――天王寺亜璃栖は、あの頃と変わっていなかった。
 明るく誰にでも気さくで、会うといつも元気をくれる。
 少しわがままで強引なところもあるが、そのわがままや強引さはいつも彼女の優しさから来るものだということを晶彦は知っていた。

「……何がおかしいの?」

 表情が緩んでいるのに気付かれたのか、亜璃栖が口をとがらせて言った。

「い、いえ、なんでもありません」

「そうかしら? まぁ、家の中ではいいけど、学校ではしゃきっとしてよね。皆が見てるんだから」

「はっ、気をつけます」

 亜璃栖は両足を小さく振って、履いていた赤のハイヒールをぽいぽいと床に放り捨てた。

「あなたの行動は私の品位にも関わってくるの。あなたもガーディアンなら、わかるでしょ?」

「はい、もちろんです」

 そのまま両足のタイツを脱ぎ、ベッドの上に放り投げる。

「別に、特別上品に見られたいわけじゃないけど、かといって下品に見られるのは嫌。さっきみたいにだらしない顔をしてたら許さないんだから」

「はい、肝に銘じます。……って、何やってるんですか!?」

 亜璃栖の様子をぼうっと眺めながら返事をしていた晶彦は、そこでようやく我に返った。

「何って、着替えだけど」

「ど、どうして着替えるんです!?」

「暑苦しいからよ。さっき言ったじゃない。私はこういう服嫌いなの」

「いや、そうではなく、何故ここで!?」

「何故って、自分の部屋で着替えて何が悪いの?」

 言われてみて、はたと気づいた。
 そうだった。今、俺は女の子なのだ。同性の前で着替えるのに何の問題があろうか。

「わ、私、外に出ています!」

「はぁ? 一体どうして?」

「そ、それは……」

 実は男だからです、とは言えない。言ったらその瞬間に全てが終わってしまう。
 しかし、だからといって他に適当な理由など――思いつかない。

「て、敵が来るかもしれませんので!」

「いや、扉から入ってくるとは限らないじゃない。窓から入ってきたらどうするのよ?」

 どうにか誤魔化そうとしたが、鋭く切り返された。
 チェックメイトだ。もはや逃げ場など、ない。
 晶彦があたふたとしている間に、亜璃栖はひょいひょいとドレスを脱いでしまった。

 目の前に惜しげもなくさらされていく、亜璃栖の下着姿。
 あっという間に顔が紅潮し、体温が上がっていくのがわかる。
 イギリス人とのハーフである亜璃栖は、スタイルも日本人離れしていた。
ブラからこぼれる豊かなバスト。くびれた腰。すらりと長く細い脚。六年もの間、ガーディアンの施設に隔離され、厳しい訓練に明け暮れていた晶彦にとっては、どれもこれも刺激が強すぎた。
 おまけに、うっすらと汗をかいた肌から立ち上る甘い香水の匂いが嗅覚を通して脳髄を直撃する。頭の奥がクラクラして、なんとか立っているのが精一杯。

 見ちゃいけない、と理性は叫んでいる。しかし、悲しいかな。その一方で、男の本能がそれを拒んでいる。いや、でも……。
 などと葛藤している間に、亜璃栖が両手を背中に回した。ブラのホックを外す気だ。
 まずい! もう既にまずいわけだが、これ以上は本当にまずい!

(ど、どうする……? そうだ、トイレに行くと言って部屋を出れば……! いやしかし、このタイミングで急にそんなことを言い出すのは不自然な気も……。そもそも、俺はどっちのトイレに入ればいいんだ? 堂々と女子トイレに入るのは気が引けるし、かといって、男子トイレにいるのを見られたら問題だし……。そういえば、俗にオネエ系と呼ばれる人の中には女子トイレに入る人もいると聞いたことがあるが、果たして今の俺はオネエ系に該当すると考えていいのか? 待て、落ち着け、というか、俺は何でトイレのことなんか考えて……あれ? なんだか、床が迫って――……?)

「ふぅ……やっと外れた。って、ちょっと!?」

 亜璃西の素っ頓狂な声を耳にしたのと同時に、視界がブラックアウトする。
 志藤晶彦。ガーディアン就任後、一〇分で気絶。

(第四話につづく)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 以上、第三話でした。テンプレといえばテンプレなのですが、昔書いたもののせいか、微妙にノリが古い気がしますね。
 またネタがなくなった頃に四話を掲載します。それでは〜。
posted by 稲葉洋樹 at 22:19| Comment(0) | 連載小説『Guardians!』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月16日

第一章 再会 第二話

「ったく、信じらんねぇよ」

 無数に立ち並ぶ高層ビル群や、すれ違う高級車を車窓から眺めながら、晶彦はぶつぶつと不平不満を漏らしていた。もちろん、女装の件である。

「っつか、あのオヤジは絶対楽しんでた。いかにも俺のため、みたいなことを言ってたけど絶対騙されない。あれは絶対楽しんでた」

「いつまでもふてくされてない。男らしくないわよ」

 天王寺家へと向かうBMWの車内で、晶彦の隣に座る女性が言った。
 女性は二〇代半ばごろのほっそりとした美人だった。名前は聞かされていない。先程まで、天王寺家で任務を行うにあたっての注意事項を事細かに説明してくれていたが、それだけの関係だ。今後、会う事があるのかはわからない。

「第一、あなたにとって室長は恩人なのではなくて?」

「確かにそうですが、それとこれとは話が別だと思います」

 晶彦は元々、身寄りのない孤児だった。
 といっても、現代の日本ではそう珍しい存在でもない。親に捨てられ、名前さえも与えられず、孤児院で生活する孤児は数え切れないほどだ。晶彦もそんな中の一人に過ぎなかった。
 だが、とある事件をきっかけに、晶彦は源にガーディアンとしての素質を買われ、スカウトされた。そして六年間の訓練を経て、ようやく正式なガーディアンとして戻って来た。かつて育った、この町に。

(六年ぶり、か)

 窓の外に視線を向け、眼下に広がる故郷の街並みをぼんやりと眺める。
 昔に比べて、随分と高層ビルが増えたような気がする。かつて寂れた商店街だった場所には大型のショッピングモールが建設されていたし、混雑が絶えなかったスクランブル交差点はすっきりとした立体交差点に変わっていた。
 六年。短いようで長い時間だ。町が変わるには、十分な時間かもしれない。

 だが、変わっていない部分もあった。
 町の郊外には、まるで無数に立ち並ぶビル群の影に隠れるように、小さなコンテナハウスが肩身を寄せ合うように集まっている。その周囲にはダンボールや寝袋が乱雑に転がっているのも見えた。
 何も変わっていない。いや、以前より貧相になった気さえもする。

 町の中にくっきりと表れている、光と影。
 ロボット技術の発達や人工知能の高性能化により年々、多くの労働者が職を失い、失業率は右肩上がり。国の財政状態も改善の兆しを見せず、毎年のように増税が繰り返される。その結果、富裕層と貧困層の格差は、ここ十数年でますます顕著になってしまった。そしてそれは、日本に二つの組織を生み出すきっかけとなる。
 富裕層の人間を狙う『誘拐屋』と、彼らから富裕層の人間を守る『ガーディアン』。
 時が経ってもこの町の光と影がなくならないように、その対立も決して途絶えることはない。

「着きましたよ」

 女性の声に、晶彦は思考に没頭していた意識を現実に引き戻した。女性の後に従って、車を下りる。
 そして、

「うおぉ……!」

 目の前に広がる光景に圧倒された。
 いかにも重厚そうな鉄柵の門。その奥に広がる天然芝の庭園。中央にはお約束の噴水までついている。遠くに見えるお屋敷まで、軽く五〇〇メートルはありそうだ。
 これぞまさしく、絵に描いたような豪邸というやつだろう。

「話は既に通してありますから。屋敷の方で挨拶を済ませて下さい」

 それでは、と告げて女性は車へと戻った。どうやらここでお別れらしい。

「お世話になりました。えっと……」

「高梨ゆかり(たかなしゆかり)です。一応あなたの監督役を仰せつかっていますので、今後ともよろしく。まぁ、私によろしくされるようなことは慎んで欲しいと思いますが」

「あ、そうなんですか。それは、まぁ、よろしくお願いします」

「それと、イマイチ自覚がないようなので忠告しておきますが」

 ゆかりは少し目つきを険しくして声を落とした。

「あなたは今、女性ということになっています。ですから、言葉遣いや仕草には十分注意を。信じられねぇ、と愚痴をこぼしたり、車から大股で降りるのはやめた方が良いと思います」

「……肝に銘じます」

 額に脂汗を浮かべて、晶彦はなんとかそう返事をした。
 ゆかりを乗せたBMWが去っていく。すると、鉄柵の門がゆっくりと左右に開き始めた。監視カメラでこちらの様子を確認していたのだろう。彼女が声を落としたのは監視カメラに音声を拾われないようにするためだったのか、と晶彦は一人納得した。

「さて、行くとしましょうか」

 ここに立っていても仕方ない。晶彦は早速、屋敷に向けて歩き始めた。

                          ☆

 予想通り、屋敷までは結構な距離があった。それでも、庭園に咲き誇る色とりどりの花々とよく手入れされた天然芝は、見る者を飽きさせない魅力がある。特に退屈を感じる事なく、晶彦は屋敷の前まで辿り着いた。
 階段を上り、分厚い扉の前に立つ。バラを模した木彫りの彫刻が施された、アンティークな造りだった。

「いらっしゃいませ。お名前をどうぞ」

 扉から低い男性の声がした。といっても、人間の声ではない。明かに合成音声だ。

「本日付で配属されました、ガーディアンの四条晶子です」

「チェック。しばらくお待ち下さい」

 それだけ告げて、扉は沈黙する。誘特から事前に送られてきた声紋データと照合しているのだろう。扉に埋め込まれた高性能小型カメラは、恐らく虹彩認識に用いられるものだ。
 華やかなゴシック様式の外観とは裏腹に、この屋敷には最先端の防犯技術が施されている。ここまで通って来た庭園にもいくつもの監視カメラが設置され、常時自分を監視していた。

(さすが天王寺家、というところか)

 天王寺グループは元々小さな電子機器メーカーだったが、誘拐屋の出現と同時に防犯設備の開発に力を入れ、安価で扱いやすい防犯設備の開発に成功。誘拐屋の勢力拡大に伴い防犯設備の需要は飛躍的に高まり、天王寺グループは日本における防犯設備の実に九割以上のシェアを獲得することに成功した。
 その結果、天王寺グループは今や知らぬ者のいない大企業となり、その業務は防犯設備にとどまらず電化製品、食品、福祉など様々な部門に及んでいる。
 富裕層の家ならどこもそれなりの防犯設備は備えているが、これほど大規模で精密なものを揃えているのは防犯設備の本家であり、かつ日本有数の大企業でもある天王寺家だけだろう。

「チェック。ガーディアン、四条晶子様と確認。ようこそいらっしゃいました」

 扉が音もなく開かれる。晶彦は扉が全て開き切ったのを確認してから、中へと足を踏み入れた。

「お待ちしておりました、四条晶子様」

 入り口で晶彦を出迎えたのは、一人の執事だった。
 黒の執事服を完璧に着こなし、洗練された動作で一礼する。顔に深いしわを刻んだ白髪混じりの老人だったが、その眼光は鋭く、まるで値踏みするようにこちらを見据えている。さすがは天王寺家を預かる執事、といったところか。

「丁寧なお出迎え、恐縮です」

「大事なお客様をお迎えするのに、このくらいのことは当然でございます。まもなくお嬢様もお見えになると思われますので、今しばらくお待ち下さい」

 お嬢様。その言葉に、不覚にも胸が疼くのを感じる。
 六年ぶりの、彼女との再会。わかっていたことだし、覚悟していたはずのことなのに、胸の奥がざわめくのを止められない。
 どうやってこのざわめきを落ち着かせたものか、と晶彦が思案していると、

「じぃや、もういらしたの?」

 頭上から、鈴の音のように澄んだ声が降って来た。

「はい、亜璃栖お嬢様。こちらに」

 反射的に声のした方へと視線を向ける。
 そして、釘づけになった。

「あら、随分とかわいらしい方ね」

 背筋をぴんと伸ばし、力強く、それでいて優雅な足取りで一歩一歩こちらに近づいてくる。彼女が一歩近付くたびに、ドッドッ、という鼓動の音が耳の奥で大きくなっていった。
 胸元の開けた淡い緑のドレス。その隙間から覗くシルクのように真っ白な肌。長いブロンドの髪が一歩進むたびに左右に揺れる。
 長いまつげ、高い鼻、薄いピンクの唇。そして、透き通るような蒼の瞳。
 あまりに整ったその顔立ちは、まるで作り物の人形のような印象を晶彦に与えた。

「あなたが私のガーディアンかしら?」

 彼女の形のいい唇が言葉を紡ぐ。
 はい、と答えようとしたが、晶彦の唇からは小さく息が漏れただけだった。今さら、呼吸が止まっていた事に気づかされる。

「緊張していらっしゃるの?」

 何も答えない晶彦に気分を害した様子もなく、彼女は柔和な笑みを浮かべた。

「申し訳、ありません」

 震える声で、なんとかそれだけを答える。それが精一杯だった。
 この町と彼女――天王寺亜璃栖(てんのうじありす)と別れてからの年月を改めて実感する。
 六年という時間は、彼女を『女の子』から『女性』へと変えてしまっていた。

「気にしなくていいわ。誰でも、最初の挨拶は緊張するものよ」

 耳の奥の鼓動が引き、ようやく気持ちを落ち着かせた晶彦は、亜璃栖の前に跪いた。

「落ち着いたかしら? では、誓いの言葉を」
 
 小さく頷き、一度深呼吸をする。そして、

「私、四条晶子はここに誓います」

 六年間、ずっと胸の奥に秘めていた誓いを、

「いついかなる時も、この命の尽きるまで。ただ、あなたを守り続けることを」

 ようやく、言葉にした。

(第三話に続く)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 第二話でした。ようやくヒロイン登場です。あ、もちろん女装した主人公はノーカウントで。
 それにしても、昔の私はなぜこんなボロが出そうな世界観で作品を書こうとしてしまったのでしょうか。当時はまだ二〇代前半でしたし、若気の至りというやつですかね。一応、手直しはしているのですが、なんかもう完全に自分の黒歴史を公開している気分です。色々早まったかなぁ……。

 なお、完全に余談ですが、本日、芥川賞と直木賞の受賞者が発表され、芥川賞には羽田圭介氏と又吉直樹氏が選ばれました。羽田氏は中学・高校時代の同級生です。お二人とも、受賞おめでとうございます。

 それでは、また第三話で。
posted by 稲葉洋樹 at 23:10| Comment(0) | 連載小説『Guardians!』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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