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2015年05月01日

いもうとコンプレックス! 〜とある休日の一幕(後編)〜

*前編に引き続き、後編をお楽しみ下さい。

 なおも未練たらたらな大吾を引き連れ、佳奈美はテレビのある一階のリビングにまで降りてきた。
「ほらほらお兄ちゃん。いつまでも文句言わないの」
「むぅ……。そうだな。やりたくなくなったものは仕方がない。気分が乗らない日もあるだろう。次の機会を待つしかないか」
 大吾が渋々といった感じで頷く。
 恐らく気分が乗る日は永久に来ないであろうと思われたが、話がややこしくなりそうなので佳奈美はあえてそのことには触れなかった。
「それじゃ、ソファに座ってテレビ見よ」
 佳奈美が明るい声で言う。大吾は「うむ」と一足先にソファに向かうと、ややシワになっていたソファのカバーを両手で丁寧に直し、そこを佳奈美に勧め――ることなく自ら腰掛け、
「さぁ、いいぞ佳奈美」
「って、どうしてそこで両足をぽんぽん叩くの!?」 
「ここに座れという意味だ」
「そんなのわかってるよ! そうじゃなくて、私もう子供じゃないんだから、お兄ちゃんの膝の上でテレビ見たりしないよ!?」
「そうだぞ大吾。佳奈美はもう子供じゃないんだ」
 すると、いつの間にか二人の傍にやって来ていた真哉がそう言って、大吾の隣に腰かける。そして、両手を大きく広げると、
「さぁ、佳奈美――」
「言っておくけど、お父さんの膝の上にも座らないからね」
「何ぃっ!?」
 機先を制した佳奈美の言葉に、真哉の瞳が大きく見開かれた。
「な、なぜだ!?」
「だから、私はもう子供じゃなくて……」
 佳奈美が困り顔で理由を説明しようとする。すると、大吾が「ふっ……」と勝ち誇った笑みを浮かべた。
「……大吾。何だその顔は?」
 真哉が隣に座る大吾を睨む。大吾はやれやれといった感じで肩をすくめて答えた。
「わからないのか父さん? 佳奈美はな。父さんの膝の上なんかに座りたくないと言ってるのさ!」
「な、何だと……!?」
 驚愕にさらに目を見開く真哉。
「え? ち、違うよ。そうじゃなくて……」
 ショックを受けた様子の真哉を見て、佳奈美が慌てて訂正を入れようとする。
 だが、その前に今度は真哉が大吾に向けて言った。
「だ、だが、大吾。お前とて私同様拒否されていたではないか!」
「違うな。父さんの場合はただ嫌がられただけ。しかし、俺の場合、本当は座りたいんだけど、恥ずかしくてついつい断ってしまったという複雑な乙女心の表れなんだ!」
「それは本当に違うよ!」
 あまりに都合のいい解釈に、佳奈美がすかさず訂正を入れる。が、そんな佳奈美の言葉を無視して二人は勝手にヒートアップしていった。
「ほぅ……。そこまで言うなら、ここで決着をつけるか息子よ?」
「望むところだ! 子はいつか父を超えるものぉぉぉぉおおおお!!」
「まだまだ息子に負けるほど老いてはおらんわぁぁぁぁああああ!!」
 至近距離で視線を交錯させ、バチバチと火花を散らす二人。
兄バカと親バカの相乗効果によって激しく燃え上がった炎は、もはや誰にも消し止めることは出来なかった。
「さぁ、選ぶんだ佳奈美!」
「俺か、父さんか!」
「え、えぇっ!?」
 いきなり究極(?)の二択を迫られ、狼狽する佳奈美。
しかし、二人はそんな佳奈美の様子を意に介することなくさらに選択を迫った。
「「さぁ、どっちだ佳奈美!?」」
「ど、どうしてこうなるの〜〜〜!?」
 いつの間にかどちらかを選ばなければならない状況になっていることに困り果て、佳奈美は頭を抱える。
 すると、
「あなた達、いい加減にしないさいよ。佳奈美が困っているじゃない」
 夕飯の支度を始めようとしていた奈緒美が、台所からひょっこり顔を覗かせた。
 大吾と佳奈美の母に当たる彼女は、ややふくよかな体系に優しい顔つきの母性溢れる女性である。いつも穏やかで笑顔を絶やさない、まさに理想の母親像。
 ただし、
「はっはっは。嫉妬かい母さん? いや、しかし残念だ。母さんは膝に乗せるにはちょっと重す――」

 ひゅんひゅんひゅん、ズドッ!!

 瞬間、台所から包丁が宙を舞い、ジャイロ回転しながら真哉の足元数センチの場所に突き刺さった。
「あら、ごめんなさい。手が滑ってしまったわ」
「……はは、は、ははは……」
 未だ勢いが死なず、左右に震えている包丁を見て、真哉が青ざめながら乾いた笑い声を洩らす。
 早川奈緒美――普段はとても温厚な彼女だが、一たび怒らせるとそれはそれは大変なことになるのだった。
「お父さん。今、包丁を取りに行きますからそこを動かないでくださいね?」
「あ、いや、私が届けてもいいんだが……」
「いいえ。取りに行きますから、動かないように」
 奈緒美が流しの水道を止め、手を拭き、静かに台所を出る。
 リビングの気温が一気に二〇度くらい下がったような気がした。
「か、佳奈美、俺の部屋で来週の授業の予習でもするか!」
「そ、そうだねお兄ちゃん! グッドアイディアだよ!」
 そう言うやいなや、そそくさとリビングの出入り口に向かう大吾と佳奈美。
 そんな二人の背中に、真哉は必死に呼びかけた。
「ま、待て二人とも! 父さんを見捨てるのか!? せめて少しくらい援護を……。ねぇ、ちょっと、本当に行っちゃうのっ!? 待って、二人とも、カムバァァァァァァァァック!!」
 背後に轟く悲痛な叫び。二人は出入り口の一歩手前で振り向くと、同時に視線で訴えた。
((……グッドラック!))
「ノォォォォォォォオオオオオオオオ!!」
 真哉の絶望の声を背に、二人は断腸の思いでリビングを後にした。
「だ、大丈夫だよねお父さん?」
 階段を上る途中、佳奈美が心配そうにリビングの方をちらりと見て尋ねる。
「大丈夫だろ。何だかんだで、父さんと母さんは仲がいい」
 そんな佳奈美に、大吾は軽い調子で答えた。
 実際、二人が本格的に喧嘩をしたり不仲になったことは、大吾が知る限りでは一度もない。なんだかんだで、夫婦仲は極めて良好なのだ。
「そ、そうだよね」
 大吾の答えに、佳奈美もほっと息をつく。
 すると、リビングから夫婦の仲睦まじい会話が聞こえてきた。

『あらあら、どうしたのお父さん? そんなに震えて』
『ふふふ震えてなんかないぞ? わわ私は痛って冷製だ』
『まぁ……それはなんとも辛そうね。さて、包丁を抜かないと……あら、結構深く刺さっちゃってますね。よかった。もし、お父さんの足に当たっていたら貫通してるところだったわ』
『そ、そうか……。はは、はは、は……』
『はぁ……やっと抜けました。ところで、お父さん。今日の夕飯は鳥の唐揚にしようと思っているんですけど、ちょっとモモ肉が足りなそうなんですよね……』
『あの、母さん? どうしてそこで包丁片手に私の足を見るのかな? ちょっ、母さん!? 母さんっ!?』

「…………大丈夫、だよね?」
「…………多分、な」


 その後、大吾の部屋まで引き返した二人は、宣言通り勉強をすることにした(ちなみに、大吾が懲りずに再び筋トレを提案してきたが、佳奈美はこれを黙殺した)。
 そして、向かい合って小一時間ほど勉強をしたところで、部屋のドアがノックされる。
「大吾、佳奈美。入るわよ」
 入ってきたのは、夕飯の支度を一時中断した奈緒美であった。
「あら、本当に勉強してるのね。偉いわ」
「私達も学生なんだから勉強するよ〜。……ところで、お父さんは?」
 佳奈美が恐る恐るといった感じで尋ねる。
「お父さんなら今、夕飯の材料で足りなくなった鳥のモモ肉を買いに行ってくれているの。助かるわ」
「そうなんだ。よかった!(お父さんが無事で)」
「うむ。これで一安心だな(父さんの足が)」
 その答えに、二人は安堵の表情を浮かべた。
「そんなに夕飯が心配だったの? 二人とも食いしん坊ねぇ」
 そんな二人を見て、奈緒美が楽しそうに笑う。
三人の笑い声(内二人は苦笑い)が部屋を満たした。
「ところで、お母さん。何か用?」
「ああ、そうそう。夕飯までもう少しかかりそうだから、休憩時間にこれでも食べていて」
 そう言って、奈緒美が手にしていたお盆を二人の前に差し出す。
 そこに載っていたのは、
「あ! これ、懐かしい〜」
 佳奈美が両手をぽんと合わせて目を輝かせる。
 お盆に載っていたのは、やや小さめの容器に入っていたプリンだった。
「ふむ……あまり見ない容器だな」
「え? お兄ちゃん、覚えてないの? 昔、よく食べたのに」
 大吾がお盆に載った二つのプリンを見ながらそう呟くと、佳奈美が驚いたようにこちらを見た。
「む? そうだったか?」
「そうだよ。伯母さんの地元の洋菓子屋さんで売ってて、昔はよく送ってくれたんだけど、テレビで紹介されて有名になってからは品薄で送ってもらえなくなっちゃったんだよ」
「……そう言われると、見たことがあるような気がするな」
 佳奈美の説明に、大吾は曖昧な感じで頷いた。
「上品な甘さで、すっごくおいしいんだよ。お母さん、これどうしたの?」
「今度、姉さんの娘、つまりあんた達の従姉が結婚することになってね。洋菓子屋さんがお得意様へのお祝いにってくれたらしいの。それで、お裾わけでうちにも」
「そうなんだ〜」
 奈緒美の言葉に相槌を打ちながらも、佳奈美の目はプリンに釘付けだった。大多数の女の子の例に漏れず、佳奈美も甘いものには目がない。
 そんな佳奈美の様子を見た奈緒美は微笑を浮かべ、「じゃ、ここに置いていくわね」と言い残すと部屋を去って行った。
「さっそく食べようよ、お兄ちゃん」
「そうだな。勉強を効率的にするためにも糖分の摂取は不可欠だ」
 何故か意味のない理屈付けをしながら、容器を開け、プリンを一口食べてみる。
 実は甘いものが少々苦手な大吾だったが、ほどよい甘さに抑えられたこのプリンなら問題なく食べられそうだった。
「どう? お兄ちゃん?」
「うむ。確かにうまい」
 楽しそうに聞いてくる佳奈美に、大吾が答える。
 その返答に「でしょ?」と満足そうな笑みを浮かべると、佳奈美も容器を開けてスプーンでプリンを一口掬い、口に運ぼう――としたところで、突然方向転換し、

「はい、お兄ちゃん。あーん」

 そのスプーンを、大吾の口元に差し出した。
「…………へ?」
 予想外の行動に、思わず間抜けな声が出る。
「どうしたのお兄ちゃん? あーん」
「え、いや、でも……」
 大吾が戸惑いながら、キョロキョロと周りを見回す。
 自分の部屋なのに。
「あはは、誰もいないよ〜」
 そんな大吾の行動を見て、佳奈美はおかしそうに笑った。
「昔はよくこうやって食べさせあいっこしたよね。お外じゃちょっと恥ずかしいけど、ここなら誰も見てないし。ね?」
 そう言って、佳奈美は三度「あーん」とスプーンを大吾の口元に近づけた。
(い、いいのか?)
 そのスプーンと、その上に載ったプリンを見ながら、大吾は自問する。
 妹相手とはいえ、こんなかわいい女の子に「あーん」してもらうなどというおいしいイベントがこの家で発生するなんて。
 現実は残酷なはずなのに!
 現実は残酷なはずなのに!!(大事な事なので二回言いました)
「…………?」
 そんな大吾の自問など知る由もない佳奈美は、いつまでも食べようとしない兄を見て首をかしげている。
(ええい! ままよ!)
 このままでは埒が明かないので、大吾は意を決してスプーンをぱくっと咥えた。
「どう? おいしい? お兄ちゃん」
「う、うむ。うまいぞ?」
 ニコニコ顔で聞いてくる佳奈美に、大吾が上擦った声で答える。
 正直、緊張で味などまるでわからなかった。
「じゃあ、今度はお兄ちゃんの番ね」
「あ、ああ。そうだな」
 言われた大吾はスプーンで自分のプリンを一口分掬い、佳奈美の口元に運ぶ。が、
(い、いや、ちょっと待て……)
 よくよく考えると、このスプーンは先程、既に自分で一口食べた後のものだ。
 とすれば、このまま食べさせてしまうと、これは、つまり、いわゆる間接キスというやつになってしまうのでは……!?
「あ、佳奈美、ちょっと待――」
「あむっ」
 慌ててスプーンを引っ込めようとしたが、遅かった。
「……うん。やっぱりおいしいね、これ!」
「あ、ああ……。そうか、それは、よかったな……」
 喜色満面の笑みを浮かべる佳奈美に、大吾は半笑いで答える。
 まぁ、いいか……。本人は全く気にしていないみたいだし。兄妹だもんな。別に恥ずかしがるようなことじゃない。
 そうだ。堂々としていればいいのだ。何の問題もない!
「ノープログレス!」
「わっ!? きゅ、急に大声出してどうしたのお兄ちゃん?」
「……何でもない……」
 動揺丸出しの自分に凹む大吾を見て、佳奈美は一人首を捻るのだった。


 そんなこんなで無事(?)プリンを食べ終えて、勉強を再開する。
 そして、一時間ほどが経過し、夕飯の時間が近づいてきたところでお開きとなった。
「結婚かぁ……いいなぁ……」
 勉強道具を片づけて、大吾のベッドに腰かけた佳奈美が天井を仰ぎ見ながら呟く。
「む? 佳奈美は結婚願望があるのか?」
 同じく片付けを終えた大吾が、佳奈美の隣に腰かけた。
「もちろんだよ。綺麗なウエディングドレスを着た花嫁姿は女の子の憧れだもん!」
「ふむ。まぁ、最近は経済状態の悪化で結婚式を挙げれなかったり、規模を縮小してする場合も多いらしいけどな」
「……お兄ちゃん……」
 夢も希望もないその発言に、佳奈美は大吾を半目で見ながらため息をついた。
「で、でも、結婚式はともかくとして、好きな人とずっと一緒にいられるんだから、それはとても幸せなことだよね!」
 気を取り直した佳奈美が夢見る乙女の顔になって言う。
 まぁ、現実にはそう上手くいかないことも多々あるわけなのだが、さすがの大吾も今度は自重した。
「そうだな。もし、いい相手が見つかったら俺に言うんだぞ。すぐに潰――つぶさにチェックしてやるからな」
「あはは、お兄ちゃん心配しすぎだよ〜」
 相変わらず心配性の兄に、ついつい苦笑いが出てしまう。
 幸いアクセントが同じだったため、大吾のしかけた危険発言は佳奈美に伝わらなかった。
「それに、お兄ちゃんの方が年上なんだから、先に結婚するかもしれないよ?」
「む? まぁ、確かに先のことはわからないけどな」
 佳奈美の言葉に、大吾が仰々しく頷く。
 その通りだ。先のことはわからない。
 一〇年後も、一年後も、来週のことも、明日のことでさえ。
 どれ一つ、何一つ、わからない。
「わからないことは考えても仕方がないからな。だから……どうした?」
 話題を変えようとした大吾だが、ふと、佳奈美が下を向いて沈黙していることに気がついた。
「……そう、だよね。お兄ちゃんだって、いつか、私の傍からいなくなっちゃうんだよね」
 大吾の呼びかけにもしばらく応じなかった佳奈美だが、やがてぽつりとそう言った。
「結婚はとっても幸せなことだけど、でも、大好きな家族と離れなきゃいけないこともあるんだね。そう考えると、幸せなことばっかりじゃないのかな……?」
「佳奈美……」
 寂しげな表情を浮かべる佳奈美に、大吾が声を詰まらせる。
 そんな顔はさせたくない。ずっと一緒だと言ってやりたい。
何があっても離れないと、そう言ってやれればどんなにいいか。
 でも……。
「心配するな、佳奈美」
「お兄ちゃん……」
 佳奈美を安心させるように、大吾が穏やかに笑いかける。
「もし結婚しても、毎日会いにいくからな」
「だ、ダメだよそんなの! ちゃんとお嫁さんを大切にしなきゃ!」
「もちろん、佳奈美の次に大切にするぞ?」
「私より大切にしなきゃダメだよ!」
 佳奈美のツッコミを「はっはっは」と笑って受け流す大吾。
 そんな兄にやや呆れつつも、佳奈美は一転して明るい声で言った。
「でも、そんなに悩んだり悲しんだりすることでもないよね。きっと」
「どうしてだ?」
「だって、家族だもん。たとえ離れて暮らしてたって、死ぬまでお別れしないから」
 いつもの笑顔に戻った佳奈美が、大吾を見上げる。
 すると、
「……そうだな」
 大吾は佳奈美の頭にぽんと左手を置いて、優しく撫でた。
 その仕草はいつもの兄のそれだ。けれど、表情だけが違う。
 どこか悲しそうで、儚げで、何かを懐かしむような。
 そんな、今までに見たことがないような顔。
「お兄ちゃん……?」
 いつもと違う兄の様子に、佳奈美が戸惑いの声を洩らす。と、
「佳奈美、携帯鳴ってるぞ」
「え? あ、本当だ」
 大吾に指摘され、佳奈美がスカートのポケットから携帯電話を取り出す。どうやら、どこからかメールが届いたようだった。メールマガジンか何かだろうか。
 携帯電話を開いて内容を確認しようとする。が、すぐ隣に大吾がいることを思い出し、佳奈美はとっさに大吾に見えないよう背を向けた。
「……佳奈美、なぜ隠そうとする?」
 それを見た大吾が、いぶかしげに尋ねる。
「え? それは、見られると恥ずかしいから……」
「……もしかして、男子とメールしてるのか?」
「ち、違うよ。そうじゃなくて、待ち受け画面が――」
「待ち受け画面?」
 佳奈美はしまった、と口を押えるが、既に遅かった。
「待ち受け画面がどうした? 気になる男子の写真にでもしてるのか?」
「えぇっ!? そ、その、そういうわけじゃ、ないん、だ、けど……」
 大吾がさらに追及すると、佳奈美は顔を赤くして、なんとも歯切れの悪い返答をした。
「そういえば、さっきも急に結婚の話をし始めたし、まさか……!」
 大吾はくわっと目を見開くと、佳奈美の携帯電話に手を伸ばす。
「だ、ダメ! 見ちゃダメ!」
 佳奈美は慌てて携帯電話を後ろ手に隠した。
「なぜだ! 後ろめたいことがないなら見せなさい!」
「後ろめたいことはないけど、見せるのはダメなの!」
 必死に携帯電話に手を伸ばす大吾と、必死に大吾の手から遠ざけようとする佳奈美の攻防が続く。そして、
「「あっ――」」
 ついにバランスを崩し、二人してベッドの上に倒れこんだ。
 大吾はとっさに佳奈美の顔の左右に両手をつき、正面衝突を免れる。が、はたから見れば、まるでベッドに押し倒したような格好になってしまった。
「「……………………」」
 至近距離で見つめあったまま、互いに沈黙する。
 陽が落ち、外からの雑音も消えた静寂の中に、二人の吐息だけが響いていた。
「……け、怪我はないか?」
 カラカラに乾いて回らない舌で、なんとか言葉を紡ぐ。
「う、うん。平気……」
 佳奈美が答える。気のせいか、その声も少しかすれているように思えた。
 再び部屋に沈黙が下りる。
 さっさと立ち上がれ、と理性は訴えているのに、金縛りにあったように体が動かない。
 鼓動がやけに高まり、動悸が激しくなる。コントロールがきかない。
 佳奈美の上気した頬から、潤んだ瞳から、小さな唇から、目が離れない。離せない。
 何を考えているんだろう。相手は妹だというのに。
 そう。妹だ。妹なんだ。そう自分に言い聞かせる。
 相手は妹。相手は妹。相手は妹。相手は妹。相手は妹。相手は妹――

 妹、なんだけど……。

「……お兄ちゃん。あの、ね……」
 大吾の目を見つめたまま、佳奈美が小さく唾を飲み込む。そして、

 ガチャリ

「二人とも、ご飯出来たから下りてきなさい――って、どうしたの? ベッドの上でお互いに背中を向けたまま正座なんかして?」
 部屋のドアを開けた奈緒美が、不思議そうにベッドの上の二人を見た。
「べ、別に! 急に『だるまさんがころんだ』がしたくなって! なぁ、佳奈美!?」
「そ、そうそう! 急にしたくなっちゃったの!」
「そのゲームはお互いに背中を向けたら成立しないんじゃないかしら……?」
 妙な言い訳に奈緒美は怪訝な顔をする。が、二人は笑ってごまかすばかりだった。
「まぁ、いいわ。ともかく、夕飯にするから下りてきなさい」
 そう言い残し、奈緒美が部屋を去って行く。その足音が遠ざかっていくのを確認し、二人はどちらからともなく大きく息を吐き出した。
「……ご飯食べに行こうか、お兄ちゃん」
「……そうだな。行くか」
 互いに微笑を交わし、並んで部屋を出る。
 ちなみにその後。大吾は再度、佳奈美に携帯電話の待ち受け画面を見せて欲しいと頼んだが、彼女は最後まで頑なにそれを拒んだのだった。

                                     (おわり)

いもうとコンプレックス!  ‐IC‐ (富士見ファンタジア文庫) -
いもうとコンプレックス! ‐IC‐ (富士見ファンタジア文庫) -


posted by 稲葉洋樹 at 18:43| Comment(0) | 気ままな短篇集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月20日

いもうとコンプレックス! 〜とある休日の一幕(前編)〜

*この作品はブログ主のデビュー作『いもうとコンプレックス!』の短編です。時系列的には一巻よりもさらに前の話になっています。

 暗闇の中を、二つの影が蠢いていた。
 足音を忍ばせ、気配を断ち、二つの影は周囲の闇と完全なる一体化を果たす。
 闇と同化した彼らの存在が認識されることはない。それゆえ、闇の中で行われる彼らの所業を知る者もまた、存在しないのであった。
「それで、例のブツは?」
 影のうちの一方が、闇に溶け込むような低い声で呟く。
「こちらに。付属のDVDは袋とじしてあります」
 影の他方の声も、同じく闇に溶けて消えた。
「うむ、確かに。しかし越後屋。お主も悪よのぅ……」
「いやいや、お代官様ほどでは……」
 悪役の古典的なやり取りを交わしながら、二つの影は小さく肩を震わせて笑い合う。
 こうして、今日も闇の中での悪事が続いていく――かに思われたその瞬間。

「一体何してるの!? お兄ちゃん、お父さん!」

 天から降り注いだ真っ白な光が闇を引き裂き、全ての悪事を白日のもとにさらす。
 部屋の電球を灯し、出入り口の前で仁王立ちしていたのは、
「「か、佳奈美っ!?」」
 早川家のしっかり者の長女、佳奈美であった。
「二人とも、一体何してたの!?」
 佳奈美が再度、同じ質問をする。
「い、いや、親子のさわやかな朝の挨拶を……なぁ、大吾?」
「そ、そう。さわやかな朝の挨拶だ」
「どうして朝のさわやかな挨拶が電気を消した真っ暗な部屋の隅っこで行われるの!?」
 部屋の隅で背中を向けて小さくなっている兄と父親に、佳奈美は全力でツッコミを入れた。
「いや、それには海よりも谷よりも深い理由があってだな……なぁ、大吾?」
「その通り。空よりも山よりも高い理由があるんだ」
「高い理由って何!? って、それはひとまず置いておいて。それよりも、お父さんが持ってるそれは何?」
 そう言って、佳奈美が父親――早川真哉が手にしている分厚い書類を指差す。
「っ!? い、いや、これは仕事の書類だ。佳奈美とはなんの関係もない」
 すると、真哉は慌てた様子でそれを後ろ手に隠した。
「……じゃあ、どうして隠すの?」
 佳奈美が疑いのこもった視線を向ける。
「べ、別に隠してなんていないぞ? 今日は後ろ手に書類を持つと幸運が訪れると朝の占いに出ていたんだ。それと、今日のラッキーアイテムは分厚い書類だった」
 真哉があからさまに佳奈美から眼を逸らし、明後日の方向を見る。
バファ○ンの半分は優しさで出来ているらしいが、今の真哉は半分どころか一〇〇%怪しさで出来ていた。
「そ、そうだぞ佳奈美。父さんに何も怪しいところはない。家族を疑うなんてよくないことだぞ」
 なおも疑いの目を向け続ける佳奈美を見て、大吾がすかさずフォローを入れる。
「うぅ……でも……」
「その通りだ佳奈美! 見ろ! この澄みきったお父さんの目を!」
「顔をそむけたままじゃ見れないよ! それならこっちを向いてよ!」
「いや、実は寝違えて首が戻らなくてな。困った困った……」
「さっきまで普通に正面向いてたよ……」
 誰が聞いてもバレバレの嘘だが、真哉は「イタイイタイ」などと言って顔をこちらに向けようとしない。どうやら意地でも寝違えたことにするつもりらしい。
 佳奈美はそんな父親をしばし見つめていたが、やがて諦めたようにため息をついた。
「……そうだね。家族を疑うのはよくないもんね」
「おお、佳奈美。わかってくれたか!」
「うん。それよりお父さん。久しぶりに帰って来たんだし、抱っこしてほしいな」
 一転して華やかな笑顔になった佳奈美が、そう言って両手を広げる。
「おお! もちろんだとも!」
 真哉も満面の笑みを浮かべ、佳奈美に向かって両手を広げた。
 ――分厚い書類を持ったまま。
「はい。ありがと、お父さん」
 佳奈美がひょいっとその手から分厚い書類を奪い取る。
「なっ……! 佳奈美、お父さんを騙したのか!? いつからそんな娘になってしまったんだ!!」
「騙したのは悪かった思うけど、何の疑いもなく抱っこしようとしたお父さんもどうかと思うよ……」
 苦笑いを浮かべながら、佳奈美が分厚い書類の表紙を見る。そこに書かれていたのは、

『今週の佳奈美 中学校卒業式特別編(特典DVD付き!)』

「……………………お兄ちゃん?」
「ナニモシリマセン」
「嘘だよ! 『制作・監修 早川大吾』って表紙に書いてあるもん!」
「何っ!? しまった……早川大吾、一生の不覚っ……!」
 拳を握りしめ、本気で悔しそうな顔をする大吾。
 佳奈美が試しに中を見てみると、そこには先週一週間の自分の行動が事細かに記されていた。
 起床時間、就寝時間はもちろんのこと、食事のメニューや部活動の記録、はてにはどうやって調べたのか授業中の様子までもが記載されており、それらの情報が様々な項目別に分類され、わかりやすく整理してある。
 そのあまりの出来栄えに、佳奈美は怒るやら呆れるやら悲しむやら感心するやらで、再び大きなため息をつくほかなかった。
「というか、お兄ちゃん。いつこんなの作ってるの……?」
 ざっと見ただけでも、レポートは優に五十頁を超えている。内容の精緻さをも加味すると、とても一時間や二時間では作れないはずだ。
 佳奈美がそんな風に思って尋ねると、大吾は不思議そうな顔をして、
「ん? 時間ならちゃんとあるだろ?」
「え? いつ?」
「ほら、平日の午前八時三十分から午後三時三十分くらいまで……」
「それは授業中だよ! 授業中は授業をちゃんと聞かなきゃダメだよ!」
「ちゃんと聞いてるぞ? 左耳から入って右耳に抜けている」
「それは聞いてるって言わないんだよ! もう、お父さんからも何か言って!」
 佳奈美が真哉の方を向く。すると、
「……佳奈美の言う通りだ。大吾。お前、最近ちょっとたるんでるんじゃないのか?」
 授業をさぼっていると聞いてはさすがに見過ごせなかったのか、真哉は先程までとは打って変わって真面目な顔になり、口調を厳しくして言った。
「最近、レポートの内容が雑になってきている。リサーチの足りない証拠だ」
「すみません……」
「そうそ……って、お父さん! 注意するところはそこじゃないよ!」
「何? では、DVDの方か? しかし、そっちはまだ確認していないから何とも……」
「そっちでもないよ! 二人とも、学生の本分を何だと思ってるの!?」
「「妹(娘)の観察!!」」
「ああ、もう〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 見事にハモった二人の声に、佳奈美が頭を抱える。
 早川真哉。中肉中背で人のよさそうな顔をした、一見、どこにでもいる普通の中年男性なのだが……やはり彼もまた、どうしようもない親バカなのであった。
「……あなた達、朝から一体何をしているの……?」
 背後から聞こえてきた声に、佳奈美が振り返る。
「あ、お母さん。ごめんね。起こしちゃった?」
「もう起きるところだったから平気よ。それより、すぐに朝ごはんにするから、着替えてリビングに集まりなさい」
「「「はーい」」」
 大吾と佳奈美の母親にして早川家の主――早川奈緒美の言葉に、三人が声を揃えて返事をする。
 こうして、早川家の休日が幕を開けた。


「佳奈美、今日は何か予定があるのか?」
 朝食を済ませ、食器の片付けを終えた大吾が佳奈美に尋ねる。
「うーん……。今日は特に何もないから、家でゆっくりすると思うよ」
 少し考えるような仕草を見せてからそう答える佳奈美。
それを見た大吾は満足そうに頷き、
「そうか。じゃあ、今日は俺も家にいよう」
「じゃあって……もし私が出掛ける予定だったらどうするつもりだったの?」
「もちろんびこ――明日の授業の予習でもするかな」
「今、尾行って言いかけなかった?」
「何のことやら」
 しれっとそう言って、佳奈美から眼を逸らす。
 それを見た佳奈美は困ったような微笑を浮かべた。
「もう、お兄ちゃん……。そんなことしないで、一緒に出かけようよ」
「いや。休日まで佳奈美と一緒に出かけて、俺達の健全な関係が疑われるようなことがあってはならないからな。主に志保に」
「尾行してた方が疑われると思うけど……」
「まぁまぁ、いいじゃないか。それより、これから何をするか考えよう」
 佳奈美が極めて的確なツッコミを入れるが、大吾はそれを華麗にスルーしてウキウキした声で言う。これ以上言っても仕方のないことはわかっていたので、佳奈美も気持ちを切り替えることにした。
「それなら、洗濯をしようよ」
「洗濯?」
 予想外の提案に、大吾が思わず聞き返す。
「うん。お母さんも毎日お仕事大変だから、休日くらいはゆっくり休ませてあげたいもん」
「佳奈美……」
 にっこり笑ってそう言う佳奈美。その全く邪気のない笑顔を見て大吾は、
「ああ! なんて、なんて健気でいい子なんだお前は!」
「わわわっ! お兄ちゃん!」
 感極まったように佳奈美を引き寄せてわしゃわしゃと乱暴に頭をなでる。そのまま抱きついて頬ずりでもし始めそうな勢いだった。
「もう、お兄ちゃん……そんなにしたら髪がぼさぼさになっちゃうよ」
「ああ、すまんすまん。よし。お詫びと言ってはなんだが、俺も洗濯を手伝おう」
「あ、うん。ありがと、お兄ちゃん!」
 お礼の言葉に笑顔で応えて、大吾が佳奈美の背中を押す。そうして、二人は洗濯機の備えられている脱衣所へと向かったのだった。


 手伝う、とは言っても、普段から母親に代わって家事をこなすことが多い佳奈美と違って、大吾は家事に慣れていない。そのため、洗濯機の操作については佳奈美に任せ、大吾は洗い終わった洗濯物を二階に運び、ベランダに干す作業を手伝うこととなった。
「それじゃあお兄ちゃん。今から干す時に注意することを説明するね」
 洗濯籠二つを足元に置き、佳奈美が少し得意げに胸を張る。普段は大吾や志保に色々と教えられることの方が多いので、こうして自分が教える立場に立つことが少しだけ嬉しいのであった。
「お願いします、佳奈美先生」
 その辺りの心境を的確に読み取った大吾が、殊勝に頭を下げる。その気遣いを普段から使えていれば命の危険にさらされる確率もぐっと減るのだが、それに全く気が付かないところが大吾の大吾たる所以なのだった。
「洗濯物を干す時は、シワが残らないように伸ばしてから干すんだよ。まぁ、シワが全く残らないようにする必要はないんだけど、あんまりシワシワだとアイロンを当てるのも大変になっちゃうから。あと、シャツとか上着とかは裏返して干すの。ポケットの中とか縫い目とかが乾きにくいからね」
「ふむ。なるほど」
「それと、お日様の向きと洗濯物を干す順番も考えないと。大きな洗濯物の影になってお日様が当たらなかったりすると、ちゃんと乾かないことがあるんだよ」
「お日様の向きと干す順番だな。よし、わかった」
「じゃあ、私が一度やってみるから、ちゃんと見ててね」
 佳奈美が洗濯籠から湿ったTシャツを一枚取り出し、両肩辺りの部分を持って、仰ぐように上下に振る。
 パンパン、と小気味のいい音が鳴り、しわくちゃだったTシャツがしっかり伸ばされた。
「あとはハンガーにかけて、ベランダの物干し竿に干すんだよ。下着とか靴下とかは洗濯バサミを使うんだ。長ズボンとかバスタオルは干す時に地面に付けないように気を付けて持ってね。汚れちゃうから。わかった?」
「う、うむ。大丈夫……だ?」
 言葉とは裏腹に、語尾が思わず疑問形になる。思いっきり目が泳いでいた。
「あ……一気に説明しすぎちゃったかな? ごめんね、お兄ちゃん……」
 そんな大吾を見て、佳奈美がしゅんとする。
「教えるのが楽しくて、ちょっと浮かれすぎちゃった……。もう一度説明するね?」
「い、いや、大丈夫だ! 問題ない!」 
 先程までとは打って変わった力強い口調で、大吾は佳奈美の言葉を否定した。
 ここでもう一度説明をさせてしまえば、浮かれ過ぎていたのを認めたも同然となってしまう。かわいいかわいいかわいい妹に、そんな悲しい思いをさせるわけにはいかない。
「本当に? 大丈夫?」
 不安そうにそう聞いてくる佳奈美。対して、大吾は不敵な笑みを浮かべて答えた。
「ああ。まず、シワをしっかり伸ばし、お日様の向きと干す順番を考える」
「うんうん」
「伸ばしたらTシャツなどの上着はハンガーにかける。下着や靴下には洗濯バサミを使う。長ズボンやバスタオルは地面に付けない」
「そうそう!」
「そして最後にウガンダの物干し竿に干せば完璧だ!」
「そうそ――って、そんな遠くまで行っちゃダメだよ! すぐそこのベランダだよ!」
 危うく頷きかけた佳奈美が、慌ててツッコミを入れた。
「くっ……もう少しだったのに。惜しかった……」
「お、惜しかったのかなぁ……?」
 悔しげな様子の大吾を見て、佳奈美はいつもの苦笑いを浮かべる。
(でも、気を遣ってくれたんだよね……)
 落ち込みそうになっていた自分を励まそうとしてくれたのだろう。
 兄は普段の行動が派手な分、周囲には大雑把な性格と思われがちなようだが、本当は繊細過ぎるほど細かな気配りが出来る人であることを佳奈美は知っていた。
そして、実は意外と照れ屋で、正面からお礼を言われたりするのが苦手なことも知っている。
 だから、佳奈美はいつものように
(ありがとう。お兄ちゃん……)
 兄の横顔を見つめながら、心の中でそっとそう呟いたのだった。
「よし。やり方はわかったし、早速干していくか」
「うん。それじゃあ、お兄ちゃんはそっちの籠をお願いね」
「おう、任しとけ!」
 佳奈美の言葉に威勢よく答え、大吾が洗濯籠の中に手を突っ込む。そして、勢いよく洗濯物を籠から引き上げた!

 ぴろん

 なんだか、そんな効果音が聞こえた気がした。
 大吾が手にしていたのは、ピンク色で逆三角形の形をした布地。デザインはシンプルだが、所々にあてがわれたフリルがなかなかかわいらしく、男心をくすぐる絶妙な一品だ。
(……ふむ、これは……)
 ここまでの冷静な観察の結果、大吾の頭が一つの結論を弾き出す。
 これは、俗に言うパン――
「わああぁぁぁぁあああ!! な、何見てるのお兄ちゃんっ!?」
 刹那、顔を真っ赤にした佳奈美が飛び掛るようにして大吾の手からパンツを奪い取り、胸に抱え込んだ。そして、大吾に向けて侮蔑のこもった視線を送る。
「あ、いや、これは、その……」
 今更ながら慌て始める大吾。
 まずい。故意ではなかったとはいえ、妹の下着をじっくり凝視するのはどう考えても変態の所業だ。いくら温厚な佳奈美といえど、簡単には許してくれないだろう。
「ち、違うんだ。別にわざと見ようとしたわけじゃなく洗濯籠からたまたま取り出したのがそれだっただけで決してやましい気持ちで見ていたわけではいややましい気持ちが全く無かったといえば嘘になるかもしれないがそれは男としての本能がそうさせるのであってつまりはオスとして子孫を残すというもっとも原始的かつ刹那的な衝動が――」
「お兄ちゃん」
 グダグダ長い上にわかりにくい大吾の言い訳を、佳奈美がぴしゃりと遮る。
「言い訳なんて、男らしくないよ」
「うっ……ほ、本当にすまなかった……」
 珍しく厳しい言葉で責められ、大吾はがっくりとうなだれる。
 佳奈美は「もう……」とため息をつくと、頬を染めながら上目遣いに大吾を見て、一言。

「お兄ちゃんの…………えっち」

「ぐはっ!!」
 そ、その台詞と仕草は反則だ!
「だ、ダメなんだよ。いくら兄妹だからって、女の子の下着をじっくり見るなんて――って、お兄ちゃんっ!? どうして急に両手で鼻をおさえて蹲ってるの!?」
 佳奈美がもう一度しっかり注意しようとする中、大吾は鼻の奥からせり上がってくる赤い衝動と激しい戦いを繰り広げていた。
 危なかった……。あともう少し鼻を摘むのが遅かったら、(不純な)魂ごと天に召されていたかもしれない。
いや、まだ安全とは言い切れない。脳裏に鮮明に刻まれた先程の佳奈美の台詞と表情が消えるまで、この戦いは続くのだろう。
 だが、しかし!
「大丈夫。大丈夫だ。俺は……まだ戦える!」
「な、何と戦ってるのかなぁ……?」
 両手で鼻を摘みながら顔を上げ、目の奥で闘志を燃やす大吾に、佳奈美はわけもわからずそう呟くほかなかった。


 その後、さらに掃除も手伝って、家事は午前中で全て終了。昼食を終え、再びすることがなくなってしまった二人は、大吾の部屋でお茶を飲みながら食後の休憩を取っていた。
「佳奈美、午後はどうする?」
 大吾が部屋の時計を確認しながら尋ねる。
 時刻は午後二時を少し過ぎた辺り。夕食までまだ結構な時間がある。
「午後も特に用事はないけど……。お兄ちゃんは?」
「佳奈美がないなら俺もないぞ!」
「そ、そうなんだ……」
 きっぱり即答する大吾に、佳奈美はお決まりの苦笑いで応ずるほかなかった。
「うんと……それじゃあ、たまにはお兄ちゃんのやりたいことをやろうよ。いつも私がやりたいことをやってるから」
 しばらく考えた後に、佳奈美がそう提案する。
 休日に限らず常に妹最優先思考の兄は、自分に付き合うことは多々あれ、自分を付き合わせることはほとんどない。日頃お世話になっている分、たまには逆の立場になるべきだろう。
 それに、普段から兄は自分の希望をほとんど口にしない。どんな希望を持っているのか、少し興味もあった。
「俺のやりたいこと……か」
 大吾が腕を組み、真剣な表情で考える。そして、
「なら、筋トレをするか」
「ほぇ? 筋トレ?」
 全く予想外の答えに、佳奈美は目を丸くした。
「いやか? 筋トレ」
「ううん。そんなことないけど……」
 大吾の確認に、首を横に振る。
 佳奈美は水泳部に所属しているので、筋トレは嫌いではないし、よほどハードでなければ休日にするのも問題ない。一方、大吾は普段からやっているわけではないだろうし、特に必要があるとも思えない。
 一体、何のために……?
「よし、ならば筋トレだ。まずは腹筋から!」
「う、うん……」
 結局、理由はよくわからないまま、佳奈美は床に足を延ばして寝ころぶ。
 まぁ、いいや。お兄ちゃんなんだか嬉しそうだし、断る理由も特にないしね……。
 そう自分を納得させ、佳奈美は両手を頭の後ろで組むと膝を立てた。
「じゃあ、お兄ちゃん。ちょっと足を押さ――」
 押さえて、と頼もうと上半身を持ち上げた佳奈美の言葉がぴたりと止まる。
 そこで佳奈美が見たものは、
「……お兄ちゃん、何してるの?」
 片膝をつき、嬉々としてデジカメを操作する大吾の姿だった。
「ん? 足なら今押さえるぞ」
「あ、ありがと。って、そうじゃなくて。どうしてデジカメを持ってるの?」
 佳奈美がそう尋ねると、大吾は不思議そうな顔をして、
「なぜって……水泳部は筋トレを更衣室とか室内練習場でやるから、なかなか撮影する機会がないだろ? だから、この機会にしっかりと記録しておかないとな!」
「…………」
「準備完了。さぁ、いつでもいいぞ! さぁ、さぁ、さぁ!!」
 大吾は左手で佳奈美の両足首を押えると、鼻息を荒くしながら右手でデジカメを構える。
 どこからどう見てもいかがわしさ全開であった。
「……やっぱり、下でテレビでも見ようよ」
「な、何ぃっ!? 急にどうしたんだ佳奈美!?」
「なんとなく、今日は筋トレしたくなくなっちゃった……」
「なんだと! くそっ……折角のチャンスだったのに……」
 デジカメを握りしめ、表情に無念さを滲ませる大吾。
 佳奈美はため息をつきながら、今後、更衣室と室内練習場の監視を強化するよう志保に進言することを固く誓うのだった。

(後編に続く)
posted by 稲葉洋樹 at 23:52| Comment(0) | 気ままな短篇集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月09日

いもうとコンプレックス! 〜ある日の生徒会室での一幕〜

注:前回に引き続き、『いもうとコンプレックス!』の短編(というよりショートショート)です。相変わらず中身はありませんが、気軽に笑ってもらえれば幸いです。

 入学式を数日前に控えたある日のこと。
 東京都西部にある私立五月治学園の生徒会室では、入学式に向けた準備が慌ただしく進められていた。
「それじゃ、この書類を職員室に届けてくれる? それが済んだら上がってくれていいわ」
 同学年の生徒会役員の女子生徒にそう言って、黒髪のポニーテールの少女が書類を手渡す。女子生徒は「わかりました、会長」と答えると、書類を手に生徒会室を去っていった。
「さて、次は……」
 その後ろ姿を見送ってから、会長と呼ばれた少女は手元の別の書類に視線を落とす。
 周囲にはまだ他にもいくつかの書類が積み上げられており、それだけで現在、彼女がどれほど多忙であるかは想像に難くない。
 しかし、そんな状況であるにもかかわらず、少女は疲れを少しも表情に出さず、黙々と仕事に取り組んでいた。
 彼女の名は水瀬志保。第四六代生徒会長を務める才色兼備のパーフェクト美少女である。
 いよいよ明日は入学式本番ということで、生徒会役員は皆その準備に追われている。中でもその中心人物である生徒会長の忙しさは半端ではない。そのため、周囲の助力が必要不可欠なわけなのだが……。
「う〜ん……」
 難しい顔で書類と睨めっこしながら、志保が一人ごちる。
「会場の準備には運動委員の応援をもらうとして、問題はその後よね……」
「妹が〜やって来る〜学園に〜やって来る〜♪」
「外での新入生の案内に役員を回しちゃうと、会場内の数が足りなくなるし……」
「遂に〜遂に〜やって来る〜入学式に〜やって来る〜♪」
「かといって文化委員の人達に頼むと、後片付けの人員が足りなくなる……し……」
「四月一日〜桜の季節に〜妹が〜やって来る〜♪」
「だあぁぁああ!! うるさぁぁぁぁあああい!!」
 机をバンと両手で叩き、志保は絶叫した。そして、怒りの元凶を睨みつける。
「さっきからうるさいんだけど! 静かにしてよ大吾!」
「む……」
 その言葉を受けて、志保のすぐ近くに座っていた男子生徒――早川大吾は、ひとまず口を閉じた。
「一体何なのその歌は!?」
「『妹がやってくる』(作詞・作曲:早川大吾)だ」
「タイトルなんて聞いてないわよ! そうじゃなくて、仕事中に歌うなって言ってるの!」
 見当違いの受け答えをする大吾を思い切り怒鳴りつける志保。
 ちなみに、『妹がやってくる』なる即興曲は、もうかれこれ三〇分以上続いていた。結構上手いのが余計に腹立たしい。
「だが志保。佳奈美がもうすぐ入学してくるんだぞ?」
「知ってるわよ、そんなこと」
「オラもうわくわくしてきたぞ!」
「どこのサ○ヤ人よあんたは……」
 きらきらと少年のように瞳を輝かせてそう語る大吾に、志保はがっくりと肩を落とした。
 第四六代生徒会副会長を務める早川大吾は、本来、誰よりも率先して生徒会長である志保を助けなければいけない立場にある。
 だがしかし、ここ数日というもの、彼は全く使い物にならなかった。
 溺愛する最愛の妹――早川佳奈美がもう間もなく、この五月治学園に入学することになっているからだ。
 日頃の大吾を見ていれば、こうなるのも仕方がないとは思う。が、それにしたってひどすぎる。志保はここ数日で何度目かわからない苦言を呈した。
「佳奈美ちゃんが入学するのが嬉しいのはわかるけど、ちょっと浮かれすぎじゃない?」
「アイ・キャン・フラーイ!」
 浮くどころか飛びそうな勢いだった。
「……はぁ……」
 額に手をやって深くため息をつく。これ以上は何を言っても無駄だろう。
「もういいわ……。好きにしなさい」
 疲れ切った表情で仕事に戻る志保。
 それを見た大吾は再び口を開きかけ、
「言っとくけど、もう一度歌い始めたらそこの窓からスカイダイビングさせるわよ?」
「…………」
 すぐに閉じた。ちなみにここは五階である。
「ていうか、あんたは家でいつも佳奈美ちゃんと一緒でしょ。同じ学校に入るからってそこまでテンション上げなくても……」
「何を言ってる。それはすごく重要なことだろうが」
 今日この生徒会室に来てから初めて真剣な顔になって大吾は言った。
「俺は佳奈美に本物の学生生活を送らせてあげたいんだ」
 それを聞いた志保は少しだけ目を見開き、
「……そっか」
 と、柔らかい微笑を浮かべた。
「それじゃあ、頑張らなきゃね。あたしも出来る限り協力するから」
 幼馴染みの頼もしい言葉に、大吾も自然と顔がほころぶ。時々理不尽に怒られることもあるが、なんだかんだといつも助けてくれる彼女には頭が上がらない。
「おう、ありがとな。お前がいてくれて本当心強いよ」
大吾が正面から志保を見つめ、素直に感謝の気持ちを伝えると、
「えっ……あ、う、うん……」
 なぜか志保は慌てたように俯いてしまった。
「……どうした?」
 不審に思った大吾が尋ねる。
「べ、別に、なんでも……」
 志保は相変わらず俯いたまま蚊の鳴くような声でそう答えた。蚊がどんな風に鳴くかなんて知らないけど。
「まぁ、ともかく頼りにしてるから。よかったらこれからもずっと一緒にいてくれよな」
 これ以上会話を続けられそうもないので、最後にそうまとめて締めくくる……はずだったのだが。
「ずずずずっと……!?」
 いきなり志保ががばっと顔を上げた。なぜか耳まで真っ赤になっている。
「ど、どうしたんださっきから? なんか変だぞ?」
 大吾が怪訝そうな顔をする。
「だ、だって、ず、ずっとなんて、それってどういう……」
「どういうって……言葉通りの意味だが……」
「そ、それは、その、つまり……」
 両手を膝の辺りでモジモジさせる志保。
 なんだかよくわからないが、どうも先程の言葉が上手く伝わらなかったようだ。なら、もう一度はっきりと言い直すべきだろう。
 大吾はにっこり笑顔を浮かべ、はっきりとした声で言った。
「これからもずっとよろしくな志保――友達として」
「…………(ピキッ)」
 がしっ! ガラガラ!
「お、おい志保……? なぜ俺の首根っこを掴んで窓を開けるんだ? まさかお前……っておい! やめろ! 洒落にならん! やばいまじやばいから!」
「うるさい! 飛べるんでしょ!? アイキャンフライなんでしょ!? だったら飛んでみなさいよ! ほら今すぐ! 天に向かって!」
「バカお前これ本当に昇天するから! てかなんで怒ってるの!? ちょ、本当にやめておちるおちるおちるおちるおちる!!」
「志保いる? この書類なんだけど――って何してるの二人とも!?」
 その時、生徒会会計係で志保の親友でもある松原琴音が生徒会室に入ってきた。
 驚く琴音に志保は首だけを向け、
「自殺幇助よ」
「私には他殺にしか見えないんだけど!?」
「あ、書類ね。ちょっと待ってて。すぐ終わらせるから(こいつの人生を)」
「それは終わらせたらまずいんじゃないかしら!?」
 その後、琴音の懸命な説得で、大吾はなんとかスカイダイビングを免れたのだった。
 まったく、この理不尽な怒りだけはどうにかして欲しいもんだぜ……。


                                 (おわり)

いもうとコンプレックス!―IC― (富士見ファンタジア文庫) -
いもうとコンプレックス!―IC― (富士見ファンタジア文庫) -
posted by 稲葉洋樹 at 21:41| Comment(0) | 気ままな短篇集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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